ソビエト軍が1949年に正式採用したAK-47は、カラシニコフ銃とも呼ばれる自動小銃です。この記事では、AKの意味、誕生の経緯、設計者のミハエル・カラシニコフを整理します。また、エアガンでの位置づけと主な種類も紹介します。
ソビエトのAK-47とカラシニコフの要点まとめ
- AK-47は、1947年に設計され、1949年にソビエト軍が正式採用
- AKは、アブトマット・カラシニコフの略で、47は設計された年の下二けた
- 設計では、簡単に作れて安価、誰にでも扱いやすく、頑丈であることを重視
- 各パーツを大型化して隙間を作り、寸法のずれがあっても動作する設計
- 違法コピーも含めると、1億挺以上が生産されたと言われる
- エアガンでは、電動ガンはLCTやE&L、ガスブロはWE-TECHやGHKが代表
AKについて
エアガンでも定評のあるAK
サバゲーやコレクションとしてエアガンやガスブロ AKを所有しているサバゲーユーザーも多いと思います。AKというと映画でも良く出てきますがロシアをはじめ中東などの過激派グループが持っているイメージ=悪者側が使っている銃 という印象がありますが、実際はアメリカのPMCや各国の歩兵などが正式採用していたりもします。
AKは悪者側の銃というイメージがありますが、実際はアメリカのPMCや各国の歩兵も正式採用しています。そのため、映画の印象だけで判断しないでください。
AKというと木ストック+木ハンドガードのイメージが強いですが、20mmレールを実装したハンドガードやデザイナブルなグリップ、アウターアクセサリーなども多く存在し「めちゃくちゃカッコイイ」仕様のAKを所有している隊員も実在します。
ハンドガードやグリップ、アウターアクセサリーを替えると、AKの印象は大きく変わります。例えば、20mmレールを載せた仕様もあります。
AKのパーツとメーカー
エアガンのAKは、パーツの選択肢が広いことも魅力です。ここでは、メーカーとパーツの情報を整理します。
もちろんエアガン AKや電動ガン・ガスブロにおいてもパーツの選択肢は広く、ORGA AIRSOFTがディーラーをやっている香港のPTSを始め、US PALMやAsura Dynamics(アスラダイナミクス)など数多くの製品が発売されている。
ORGA AIRSOFTは、香港のPTSのディーラーをしています。また、US PALMやAsura Dynamicsなど、数多くの製品が発売されています。
電動ガン AKとしての上位メーカーは LCT , E&Lなどが代表される。
ガスブロ AKとしての上位メーカーは WE-TECHやGHKなどが代表される。
電動ガンとガスブロでは、代表的なメーカーが異なります。そのため、購入前にどの方式を選ぶかを決めておくと、メーカー選びが進めやすくなります。
そもそもAKって?
銃に詳しくない人でも、「AK」という名前は聞いたことがあると思います。
カラシニコフ銃と呼ぶ場合もあります。これらの「呼び方」が具体的になにを指しているのかは場合によって様々で、「AK」と名の付く銃は、無数にりますが、基本的には「AK-47、またはそれを祖先とする銃」を指します。
ソビエト軍が採用したAK-47が基本ですが、AKと名の付く銃は無数にあります。そのため、AKという呼び方の範囲は、場合によって様々です。
「AK-47」という銃は、ロシア軍が1947年に設計したアサルトライフルで、「AK」とは、アブトマット・カラシニコフ(Kalashnikov)の略で、「アブマット」は「オートマティック」、「カラシニコフ」とは、設計者であるミハエル・カラシニコフのこと。
AKはアブトマット・カラシニコフの略で、設計者のミハエル・カラシニコフに由来します。また、47は設計された年の下二けたです。
「47」は、設計された年の下二けたを表しています。
つまり、「1947年型カラシニコフ式自動小銃」といった意味の名前です。
つまり、AK-47は1947年型の自動小銃を意味する名前です。そのため、名称から設計された年を読み取れます。
AK-47の外見と特徴
AK-47は、木製のストックとグリップ、30発入りのマガジンが外見上の特徴です。ここでは、構造と弾薬の特徴を整理します。
外見上は、木製のストック(肩当)とグリップ、30発入りのマガジンが特徴です。ロシア製の7.62×39ミリの弾薬をフルオート可能で、殺傷能力も5.56mmに比べると高いのが特徴です。軍用アサルトライフルとしては極めてシンプルな構造で、訓練を受けていない隊員にも扱いやすく、そして何より頑丈。これほどに頑丈な銃は、AK-47以外ではほとんど存在しないと言われる程です。
構造がシンプルで頑丈なため、訓練を受けていない隊員にも扱いやすい銃でした。その結果、ソビエトの軍用銃として評価されています。
AK-47の歴史とカラシニコフ
AKシリーズの祖、AK-47の誕生は、第二次世界大戦にあります。
ドイツのSTG-44の衝撃
AK-47の誕生には、第二次世界大戦中のドイツの銃が関係しています。ここでは、その背景を順に確認します。
当時、歩兵の主な装備は、フルオート機能が無いライフルでした。そんな中、特に連射性能を意識したライフルを開発したのがドイツです。ドイツのSTG-44は、突撃銃すなわち、現代のアサルトライフルの概念を確立させた画期的な銃でした。
工業力の問題で、ドイツ全軍にいきわたるほどには生産されませんでしたがドイツ軍と真正面からぶつかった旧・ソビエト連邦は、その性能に大いに驚かされました。
ドイツのSTG-44は、現代のアサルトライフルの概念を確立させた銃です。そのため、ソビエトにとって大きな驚きでした。
ソビエトの開発チーム
戦争が終わると、ソビエトは新しい自動小銃の設計に向けてチームを作りました。ここでは、そのメンバーを紹介します。
戦争が終ると、SGT44の基となった、ソビエト製ライフル「フェドロフM1916」(1916年に作られたが、その後のロシア革命の混乱で、少数の生産に)を作ったウラジーミル・グリゴーリエヴィチ・フョードロフをプロジェクト統括に据え、ドイツから連れてきたSGT-44の設計者、ヒューゴ・シュマイザーと、当時新鋭の銃器設計者であったミハエル・カラシニコフの二人をチームとし、新しい自動小銃の設計を行わせました。
ミハエル・カラシニコフは、第二次世界大戦当時、戦車長として従軍していましたが、ドイツ軍との戦いで重傷を負い、その時の経験から、連射可能な銃の必要性を痛感して、銃器設計者になることを決めた人物です。
ミハエル・カラシニコフは、戦車長として従軍し、重傷を負った経験を持ちます。その経験が、連射可能な銃を設計する動機になりました。
AK-47の設計思想
AK-47の設計では、3つの条件が特に重視されました。そのため、シンプルな構造が採用されています。
設計にあたっては、当時、ソビエトの工業力が低かったことから「簡単に作れて、安価なこと」また、独裁者スターリンの下で行われた大粛清や第二次大戦で多数の戦死者が出て、人材も乏しかったことから、「誰にでも扱いやすいこと」そして「過酷な戦場でも簡単には壊れない頑丈さ」が特に重視されました。
重視された条件は、簡単に作れて安価なこと、誰にでも扱いやすいこと、過酷な戦場でも壊れにくい頑丈さです。
そこで、カラシニコフはあるアイディアを思いつきます。
当時のトレンドとは逆に銃の各パーツを可能な限り大型化して、シンプルな構造にし、各パーツの間にわざと隙間を作り、隙間があっても問題なく撃てるように設計したのです。その事で、寸法のずれたパーツでも動作させることができ、工業力の低い国でも作りやすくしました。
パーツ間に隙間があっても撃てる設計のため、寸法がずれたパーツでも動作します。そのため、工業力の低い国でも作りやすい銃になりました。
AK-47の採用と派生モデル
AK-47は、1949年にソビエト軍が正式採用しました。その後、さまざまな派生モデルが作られています。
その後数度にわたる改良を経て様々な問題点を克服し、1947年ソビエト軍のテストに提出され、1949年に正式採用されます。「AK-47」の誕生でした。
ソビエト軍の正式採用ライフルとなったAK-47は、その安さと作りやすさで大量生産されました。
AK-47は、安さと作りやすさから大量生産されました。また、生産の過程で3つのバージョンが作られています。
AK-47から広がった派生モデル
生産の過程で問題点の改善のために、三つのバージョン生産された他、小型化したAKS-47、近代改修型として1950年代には、AKMが誕生します。そのシンプルな構造から、東側諸国でも独自に生産、改良が施された派生モデルが大量に登場。本家ソビエトでも、その後さらにAK-47をより小さい弾薬を使用するAK-74、軽機関銃として再設計したPRK、銃声を極限まで小さくした特殊用途の狙撃銃 VSSなどを開発します。
小型化したAKS-47や、近代改修型のAKMが誕生しました。さらに、AK-74、PRK、VSSなども開発されています。
また、AK-47自体の設計思想は、直接AKから派生しない銃にも多く引き継がれ、結果的にAKにそっくりな銃が多数存在しています。
東側諸国でも、独自の派生モデルが大量に登場しました。そのため、AKによく似た銃が多数存在しています。
ソビエト崩壊後のAKの広がり
ソビエトの崩壊、冷戦の終結によってもAKシリーズは衰えることはなく、新たにAK-100シリーズが誕生し、AK-200を経て、2012年最新型アサルトライフルAK-12が、ロシア軍でテストされている。その一方で、AK-47は、裏社会にも大量に出回りました。安価で扱いやすい、というその性質からマフィアやテロリストなどにも愛用されるようになってしまいました。加えて、ちょっとした設備があれば簡単に作れてしまうシンプルな構造から、違法コピーが氾濫。違法コピー品も含めると、実に1億挺以上も生産されたと言われています。そうして生産されたAKは、世界中の戦場で、あらゆる勢力の人間たちの手で使われたことから、「史上、最も人を殺したライフル」、「小さな大量破壊兵器」とも呼ばれています。
冷戦の終結後も、AKシリーズは使われ続けています。一方で、安価で扱いやすいという性質から、裏社会にも出回りました。
カラシニコフの晩年の言葉
ミハエル・カラシニコフは、2013年に亡くなりました。ここでは、晩年の言葉を紹介します。
2013年に死去したカラシニコフは、こうした状況に心を痛め、晩年こう語ったと言われています。「わたしは自分の発明を誇りに思っている。しかし、それがテロリストたちに使われているのが哀しい。人びとが使えて、農民の助けになるような機械を発明すればよかった。たとえば芝刈り機のようなものを。」
晩年の言葉からは、自分の発明が悪用されることへの思いが読み取れます。ただし、発言は、そう語ったと言われているものです。
ミハイル・チモフェエヴィチ・カラシニコフ
1919年、西シベリアのアルタイ地方に生まれ。1938年に徴兵、1941年に発生した第二次世界大戦(大祖国戦争)に参加。ドイツ軍が部隊の機械化と小火器の自動化で圧倒的な戦闘力を発揮したことに衝撃を受け、銃器設計の途を志した。病院で療養中に、処女作となるサブマシンガン、カラシニコフ短機関銃(ロシア語版)を設計する。
カラシニコフは、病院での療養中に、処女作のサブマシンガンを設計しました。その後、トゥーラ造兵廠に迎えられています。
この銃自体は軍用として採用されるには至らなかったが、これがきっかけで TT-1930/33拳銃(いわゆるトカレフ拳銃)の開発者として知られるソ連造兵界の重鎮フィヨドル・バジレヴィッチ・トカレフに才能を認められ、1943年に当時のソ連最大の兵器工場であるトゥーラ造兵廠に迎えられた。
この銃は軍用として採用されませんでした。しかし、トカレフに才能を認められたことで、道が開けました。
AKの大まかな種類
AK-47
1949年にソビエト連邦軍が制式採用した歩兵用アサルトライフル
AK-74
1974年にソビエト連邦軍が従来のAK-47系列の後継とたアサルトライフル
AK5
ボフォース社が製造するスウェーデンのアサルトライフル
AK-12
ロシア製アサルトライフルであるAK-47シリーズの最新モデル
AK-105
ロシア連邦製アサルトライフルAK-74Mのカービンモデル
AKM-63
共産主義政権下のハンガリーにおいて生産された、AK系のアサルトライフル
AKU94
AK47/AK74のアクセサリーを製造・販売しているK-VARコーポレーションが開発した、AK47の民間向けブルパップコンバージョンキット
AKには、国や用途ごとに多くの種類があります。例えば、ロシア製のAK-12、スウェーデンのAK5、ハンガリーのAKM-63などです。
ソビエトのAK-47に関する年表
AK-47に関わる出来事を、表にまとめました。なお、内容は本文で紹介した範囲です。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1916年 | フェドロフM1916が作られる |
| 1943年 | カラシニコフがトゥーラ造兵廠に迎えられる |
| 1947年 | AK-47がソビエト軍のテストに提出される |
| 1949年 | AK-47がソビエト軍に正式採用される |
| 1950年代 | 近代改修型のAKMが誕生する |
| 2012年 | 最新型のAK-12がロシア軍でテストされる |
ソビエトのAKに関するよくある質問(Q&A)
Q. AKとは何ですか?
アブトマット・カラシニコフの略で、基本的にはAK-47、またはそれを祖先とする銃を指します。
Q. AK-47の47は何を表しますか?
設計された年の下二けたを表しています。つまり、1947年型カラシニコフ式自動小銃という意味です。
Q. ソビエト軍はAK-47をいつ採用しましたか?
1947年にソビエト軍のテストに提出され、1949年に正式採用されました。
Q. AK-47が丈夫な理由は何ですか?
各パーツを大型化してシンプルな構造にし、パーツの間にわざと隙間を作って設計したためです。
Q. AK-47の設計で重視されたことは何ですか?
簡単に作れて安価なこと、誰にでも扱いやすいこと、過酷な戦場でも壊れない頑丈さです。
Q. ソビエト時代の主な派生モデルは何ですか?
小型化したAKS-47、近代改修型のAKM、より小さい弾薬を使うAK-74などです。
Q. エアガンのAKで代表的なメーカーは?
電動ガンはLCTやE&L、ガスブロはWE-TECHやGHKが代表です。
Q. ミハエル・カラシニコフはどんな人物ですか?
1919年生まれの銃器設計者です。第二次世界大戦で重傷を負った経験から、連射可能な銃の必要性を痛感しました。















